■第35回  奥様のご逝去、無念でなりません。  届けたい言葉はたくさんあっても、こういう時、手紙は不便です。何を書いても便せんから、体温に似た何かが抜け落ちてしまう気がします。お悔やみの言葉は、当たり前ですけども、会って直接お伝えするべきものなのでしょう。  鎌倉を訪ねた際はいつも、ビールと手料理でもてなしていただきました。酔っ払ってしまい、突然泊めてもらうことになっても、笑顔で布団を敷いてくださいました。  前回の手紙に一茶の句が引用されていましたね。僕からも、一茶の句を。  〈亡き母や 海見る度に 見る度に〉  年内には必ず焼香に伺います。  年が明け、われわれの1年はまた金杯からスタートしました。  悲しいかな、「金杯で乾杯」の夢破れた7日の火曜日、さっそくお世話になった店があります。行きつけのマッサージ店です。  若い頃から肩こりのひどい僕は、ストレッチに励んでも、首肩がすぐガチガチに固まります。仕事に根を詰めていることもあって、最近はしょっちゅうお世話になっています。  「おめでとうございます」  そんな挨拶をもらい、馬券疲れを癒す90分の施術は始まりました。この治療院は人気が高く、商業ビルの一室にベッドが10以上並んでいます。カーテンに囲まれていて、まわりは見えません。  たとえば競馬場での僕たちがそうであるように、人の行動は不思議にパターン化していきます。パドックやスタンドのどこに立って、どの売店で何を買って、帰り道、どの酒場でくだを巻くのか。  僕のマッサージも曜日や時間帯がほぼ固定されていて、姿は見えずとも、似た行動を取る〝仲間〟の存在を感じます。おしゃべり好きな女性の声が毎度聞こえてくるのです。  彼女と担当者との会話に耳を止め始めたのは、天皇賞がどう、ドウデュースがどう、と競馬の話題が多いためです。ちなみに僕は、マッサージは黙って受けるのが好きで、うつ伏せ無言の状態の中、その競馬談義を盗み聞きすることになります。  「金杯はどうだったんですか?」と施術者。  「ハズレたわよ……JRA神社に今年もお賽銭あげちゃったわ」と女性客。しゃれたことを言います。  「昨日、嬉しかったんですよね」  若い(声の)施術者が続けたのは、6日の中山メイン、フェアリーステークスを勝ったエリカエクスプレスをPOGで指名しているからでした。  「桜花賞、勝ってくれないかな」  気持ちはよくわかります。  2人の会話はいつしか「今年の競馬目標」に移り、施術者が言いました。  「WIN5でも何でも、とにかく1回、1000万単位で設けたいんですよね。そしたらボク、たぶん馬券やめます。別の優雅な趣味に移行しますね。桜花賞で勝負するかな」  「何言ってんの。おいしい思いして、やめられるわけないじゃない」  そんなやりとりに、僕も昔は「今年の競馬目標」を立ててたなァ、と思い出しました。  新宿や府中で仲間と新年会を開いては、今年はこれくらい儲ける、あの馬にあのGⅠを勝って欲しい、と口角泡を飛ばしたものでした。そうした集まりに、いつのまにか参加しなくなった自分に気づきます。いかんですねえ。競馬でも何でも、やはり〝楽しんでなんぼ〟ですもんね。  単行本を無事に出せたら、地方競馬を含めて、最低10の競馬場のパドックに立つ!  施術を終え、スッキリした気分の中、僕も競馬目標を決めました。  吉川さん、今年も大いに楽しみましょう。 ■ルビのお願い 度=たび